私がコンシェルジュとしてベルリンに移住するまで

Thank you for your attention! I'm Ami. I want to share my tips to work as an actor, and as a writer!! 初めまして!お読み頂きありがとうございます。生まれ育ったヨーロッパでもう一度生きていきたい!そう決めた私のお話です。

私が摂食障害から女優になるまで①

こんにちは!Amiです。

 

今日はずっと動画でお伝えしたかった話をしたいと思います。

いずれ映像でもお届けいたしますが、エッセイという感じでお読み頂けたら嬉しいです!

 

 

 

 

 

 

私は生後3ヶ月でフランスに渡りました。

 

 

それから15年という長い間ヨーロッパを転々としてきたのですが、そんな私にとって日本というのはもう憧れの国でした。

 

日本は東京しか知らない私。

いよいよ長かった海外生活に終止符を打つ時がきました。

 

 

 

ところが!😲

 

 

 

夢のジャパンライフが始まる期待を胸いっぱいに帰国した私に待ち受けていたのは大自然が広がる海と山に囲まれた富山県だったのです。

 

 

 

電車に乗って友達と渋谷や原宿に買い物に行ったり、

 

竹下通りでクレープを食べたり、

 

 

雑誌やテレビで見ていた憧れの東京!!

 

 

そんな思い描いていた日本の光景が音を立てて崩れていきました。

(もちろん富山は本当に素敵なところで今では大好きな場所です💓)

 

それでも日本は日本!と言い聞かせスタートしたジャパンライフは同時に波瀾万丈ともいえる13年の幕開けでもありました。

 

 

 

自然が豊かでのんびりとした富山県黒部市

家の裏には名水といわれるわき水。

目の前の田んぼでつくってるコシヒカリ

日本海で捕れる新鮮なお魚。

美味しいものに囲まれた不自由ない生活でした。

 

が、よそ者であることには変わりません😞

 

初めての日本の学校生活に馴染めず苦労しました😵💦💦

 

 

今でも初日のあいさつで教室が「外人、外人」とざわついたことにとても戸惑ったのを覚えています。

 

 

 

今はそれほど海外からの転校生というのは彼らにとってすごく珍しいことで彼らも戸惑ったのだと理解できますが、14歳、シャイで臆病だった私にとって😚それは「拒絶」の様に感じました。

 

 

 

始めは話しかけてくれた子も次第に離れて行き、気づけば私は一人ぼっちでした。

 

 

 

 

 

 

でも、実はこの時家族全員が各々馴染むため、生きる為に闘っていたのです。

 

 

 

 

 

家族を支える為、新しい職場で必死だったお父さん。

 

よそ者に警戒心が強いご近所との付き合いと学校関係とに張り詰めていたお母さん。

 

教室で一人、よそ者扱いされながらも周りに溶け込もうと必死だった弟たち。

 

 

 

新しい環境で生きるのにみんな闘っていました。

 

 

 

そんなサバイバーな私たちにも心休まるひとときが、当時放送していた「週刊ストーリーランド

 

 

 

視聴者からの投稿をアニメーションにして放送する30分の番組で

ラストにどんでん返しがあるものが多くワクワクドキドキしながらいつも弟たちと見ていました😃

 

 

 

 

 

そこである日、

 

私たちも投稿してみよう!

 

ということになり送ったところ数か月経って

 

 

 

 

 

 

私たちが送ったストーリーが放送されました!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう、ドッキドキのワックワック!最後のテロップに流れる投稿者に載るのを心待ちにしていた私たち・・・

 

 

 

 

 

 

 

Σ(゚д゚lll)ガーン

 

 

 

 

 

 

 

 

流れてきたのは赤の他人の名前・・・

 

どうやら同じ話を送った方が他にもいた様でした🤣

 

それくらい面白いお話なんだなと思ったのですが、なんだか悔しい!

それがこの「みんなの願い」という星新一さん原作のお話です。

 

 

 週刊ストーリーランド - みんなの願い - YouTube

 

 

 

 

でも、そんな孤独の中にもいつも私を気にかけてくれ18年経った今でも連絡を取り合う友人がいます。

 

彼女の名前は「まっちゃん」

 

 

いつも明るく、まだ当時はマイナーだった女子レスリングに青春をかけるまっちゃんは孤立している私に積極的に関わってくれました。

彼女がいたから卒業できた。そう思います。

 

 

 

 

 

自分だけが取り残されてるような時でも、絶対に誰かがあなたを見ていてくれてる。誰かがあなたを応援してる。

 

 

 

 

 

 

私は自分の経験からそう信じられる様になりました。

 

 

そんな彼女との最後の学生生活の思い出は修学旅行の予行練習😗

 

 

そう!一時間に電車が一本の黒部市にとって新幹線での修学旅行は先生方にとっては戦に出陣するようなもの。

 

 

徹底的なシミュレーションが行われました🔥

 

 

 

 

200人の3年生が体育館に集められ、新幹線の扉に見立てた椅子が号車分用意され、その前に座席表をもとにスタンバイ。

 

 

 

よーいどん!💥💥💥

 

 

 

 

ストップウォッチが押され、避難訓練のごとく静かに迅速に乗り込む。

 

 

 

全員乗り込んだところで、タイムを計り

 

 

 

「今のじゃ置いて行かれる奴がおるぞ!」

と生活指導より怖い国語の先生の怒号!!

 

 

 

 

そんな練習が延々2時間行われました😫

 

 

 

そして、当日😏

 

 

胸を躍らせている生徒の横で緊張しているのが引率の教師たち😰

 

 

ホームに新幹線が停車すると…

 

 

 

リハーサルが身体に染みつき、

冷静且つ迅速に乗り込む私たち生徒の横で😑

 

 

 

「乗り込め―!!」

 

 

、一人テンパっていたのはあの国語教師でした。。。🤣

 

 

 

そんな波乱の幕開けを迎えた修学旅行でしたが、その後はトラブることなく終えることができました。

 

そして、私の富山ライフも中学卒業と同時に終わりを迎えます。

 

父親の転勤で東京に引っ越すことになった私たち。

 

 

いよいよ憧れていたジャパンライフの始まりだと今度こそ期待していた私ですが、思わぬ落とし穴にハマっていく事に・・・・

 

 

 

②へ続きます。